賃金労働(サクシュ)における自由とピンハネ(税金等)の根拠_帰属

私は何にどの程度所属し、帰属していると言えるのだろう。
国家、民族、宗教、親族、家族、地域、などなど。
それともたまたまそこに居合わせているだけなのか。
だとすれば、所属すべきものは何も成立しなくなってしまう。
何かに帰属していれば何かしら正統性が与えられる気がする。
しかしたまたまその場に居合わせなければそんな正統性は特にいらない気もするのだが。
いろいろな場で私は何かしら正統性を要求され確認されているという気もしないではない。
そういう負担感をなくすためには「世の中で俺が一番偉い」と言い通すという手もあるかもしれない。正統性の要求に対して先手を打つという事。
公務員は正統性を先行できればそれでOKだろう。政治家は結果を出してそれを正当化しなければならない(「私こそが正しい!」)。賃金労働者はまずお金を稼いで、そのあと消極的自己正当化が必要だろう(「私は別に悪くないよ」)。

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