姓は帰属する家を意味する。
ファーストネームだけではいけないのだろうか。
帰属には個人が選択できるものとできないものがある。
また帰属にはその人が積極的に表明したいものと、どうでもいいものと、その帰属を表明したくないもの、むしろ帰属そのものをやめたいものもある。
(帰属ではないけれどタトゥー、刺青なんかはその人が積極的に選択し決定した象徴、イメージによって自らをそれでしかないものとして規定(拘束と言ってもよい)したものだろう。
”自分はこれでしかない”という宣言は個人が背負うものだ(その撤回、それによる障害、後悔、失敗も含めて))

姓の問題が女性にとって障害をもたらすとすれば、それはむしろ結婚や家、家族の制度そのものの問題ではないか。
別姓の要求に対して「家族のきずな」がどうしたこうしたと言っていたのでは、その肝心な問題に届くことはないだろう。

私(♂)は結婚した時、相手(♀)の姓に変えたけれど、何の障害も感じなかった。
その時、年上のいとこに「姓を変える」と言ったら、「母親のお世話はどうするのだ?」と言われたが、「そんなのは一番近くにいる自分がおせわをするのにきまっているだろ」といってそれで話は済んだ。つまりそれだけの問題でしかなかった。

今日、家が何か意義を持つとすれば、国家や世間に対抗、対立するものとしてだけだろう。
もちろんそれは悪い家(マフィアなど)である可能性が高いが。

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