明け方の夢

朝起きた時、それまで見ていた夢を思い出すのはなかなか難しい。

起きて、階段を降りただけでもかなり忘れてしまうのだが、その中途半端な忘れ方というか、具体的には思い出せないのだが、その感触のようなものは残っている、その感じがもどかしい。

(いづれその感触も消えてしまう)

起きてすぐ床の中で思い出せばかなり確実性が高く思い出せるのだろう。

しかしこの場合の思い出すというのは言語化である。

夢はどの程度言語なのだろうか。

夢の言語と目が覚めているときの言語はかなりその範囲がずれているのではないか。

だから朝その夢を思い出すということはその夢のかなりの部分を失うことではないか。

水の底から泥もろともに掬い上げた時、ち密で粒子をなさない泥はすべて水とともに零れ落ち、

わずか手に底るのは小さな石粒ばかり。

夢の自由さは現実の不自由の中に消え失せる。

具体的であることは単純にそうでありながら、それがまったく別のものでもありうる、何のルール違反もなしにすべての置き換えが可能になる。

思った通りに話が進むと同時に、いつの間にかそれは全然別の話となり、結論らしきものが一切登場しない。

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