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賃金労働における自由とピンハネの根拠_象徴天皇

平成天皇は戦前生まれであり、父親の昭和天皇の仕事を見ていたであろうから、その仕事(第二次大戦に関する)を引き継ぐような意識が強かったのではないか。

今の皇太子が天皇を継ぐとなると、その象徴としての存り方も変わってくるのではないだろうか。

想像するに、新しい天皇は平成天皇のように戦争で亡くなった人、生き残った人達に向き合うという存在であるよりも、日本の家族の在り方を問うような存在になるのではないか。

母親の美智子さんも結婚を反対されて厳しい思いをしてきたみたいだし、雅子さんも病気になったりしている。その時、一番近くにいて彼女たちを孤立から守ってあげたのはその連れ合いだったはずだ。

昭和、平成とは違うリアリティというものを考えるとほかにネタがない気がする。

単なるセレモニーだけでは象徴は成り立たないのではないか。

もう天皇の制度にも限界が来ていると思う。

ましてや天皇を戦前回帰へのネタとして使うことなどとても無理な状況になってきている。

 

 

 

 

賃金労働における自由とピンハネの根拠-「そうだ、右翼になろう」

そうだ、右翼になろう。

(ただ..あまり今まで右だの左だのという事で物事を考えたことはなかったけれど)

今、平成天皇の退位によって元号が変わろうとしている。

以前は西暦と元号の年を使い分けるのを煩わしく感じていたけれど、

今は逆に西暦に一本化されるよりも元号というローカルな年号もあっていいんじゃあないかと思う。

ローカルであるという意識は必要だと思う。

年を取って(64歳)、

あの父、あの母のもとに生まれ育ったこと、

いろんな人に出会った事、

とにかく、いろんなことがあったけれど、

それらのことは自分の中にきわめて自然に位置を占め、今までその都度の現在へ微笑んでくれて来たような気がしている。

ただ、右翼の人たちの中には「美しい日本を取り戻す」とか言い出したりする人たちがいる。

あの言葉を聞くと何か屈辱を感じる。

あれは特権階級が自らも使用し、他の日本人たちへもばらまくアヘンだろう。

とにかく汚らしい。

右翼から特権階級(強大、強力な忖度を行使する人たち)をすべて排除してほしい。

美しい日本という言葉が実践している行為は過去を汚す行為だ。

インターナショナルの歌と君が代の歌ではどちらがより居心地が悪いかと言えばインターナショナルのほうであるが、それは歌うことによって沈黙を維持するのには君が代のほうが楽(らく)という意味だ。

君が代もなくしてほしい。

君が代はローカルを否定している。

今は素直に歌える歌と場所が無い。

カラオケルームでさえ何か居心地が悪い。

プライバシーの中にも無意識へのアタックが続けられている。

まあ翼などとそんな立派なものでなくてよい。

過去を侮辱せず、辺境を生き、

国境を超えるときには、それまでの正義をいったんクリアにして考えられる人でいたい。