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姓は帰属する家を意味する。
ファーストネームだけではいけないのだろうか。
帰属には個人が選択できるものとできないものがある。
また帰属にはその人が積極的に表明したいものと、どうでもいいものと、その帰属を表明したくないもの、むしろ帰属そのものをやめたいものもある。
(帰属ではないけれどタトゥー、刺青なんかはその人が積極的に選択し決定した象徴、イメージによって自らをそれでしかないものとして規定(拘束と言ってもよい)したものだろう。
”自分はこれでしかない”という宣言は個人が背負うものだ(その撤回、それによる障害、後悔、失敗も含めて))

姓の問題が女性にとって障害をもたらすとすれば、それはむしろ結婚や家、家族の制度そのものの問題ではないか。
別姓の要求に対して「家族のきずな」がどうしたこうしたと言っていたのでは、その肝心な問題に届くことはないだろう。

私(♂)は結婚した時、相手(♀)の姓に変えたけれど、何の障害も感じなかった。
その時、年上のいとこに「姓を変える」と言ったら、「母親のお世話はどうするのだ?」と言われたが、「そんなのは一番近くにいる自分がおせわをするのにきまっているだろ」といってそれで話は済んだ。つまりそれだけの問題でしかなかった。

今日、家が何か意義を持つとすれば、国家や世間に対抗、対立するものとしてだけだろう。
もちろんそれは悪い家(マフィアなど)である可能性が高いが。

くいデータ不正

建築に関しては詳しくないのだが、
杭を固い地盤まで打ち込んでデータを採るなどというのは、
単なるルールではなくて、建物を建てるための”手順”だろう。
しかし建物を建てるための方法、手順、段取りなどはマニュアル化してゆき、原理原則からは遠のき、あたかも単なるルールのようになってしまう傾向にあるのではないか。

◎ルールは人間を規制することによって目的を達成しようとする。
◎人、法人はルール違反をすることがある。
◎ルール違反にはペナルティーが科せられる。
◎違反が露見しなければペナルティーは科せられない。

安全性を確保するために、安全基準を設け、その基準を満たすことをルールによって強制する。ごく限定されたそのことに対してはルールを守りさえすればよいのだ。

一方現場では、とにかく目の前のそれ…現物(足りない現物、いらない現物、有っては困る現物、中途半端に決着をつけなければならない現物、工期の遅れや失敗が徐々に明らかになってくる現物、手の打ちようのない現物、途方に暮れる現物などなど)、人に関する問題など…を今日中にやっつけなければならない、そういう毎日が続く。それらの問題にはルールは役に立たない。むしろ負担をさらに重くする。

ルールは管理をするためのルールである。
ルールは義務や責任を発明をするが、現場の具体性にたいしては監視という形でしかかかわらない。
ルールは建物を建てるための主役にはなれない。

大規模に強固に構築されたマニュアル=ルール自体は決して壊れることはないように見えるが、その中で作られた建築物はある時いとも簡単に崩れ落ちてしまうこともありうる。